神刀流の沿革について 日比野雷風(正吉)の年譜
西暦 年号 日付 年齢 記事
1864 元治
元年
8月27日 0才 鹿児島県千石町に日比野道義の長男として生まれる。父道義は尾張犬山城下刀鍛冶師道辰の弟子であった。
1866 慶応
2年
  3才 日比野道義、正吉親子中山道を江戸に向かう。
1868 明治
元年
  5才 現、埼玉県さいたま市領家の菓子商山崎栄助に引き取られ養育される。
1870 明治
3年
  7才 埼玉県、根岸家にて子守奉公。
1873 明治
6年
  10才 埼玉県与野市、井原家にて子守奉公。この時、現ライオン創始者小林富治郎氏、兄の小林寅次郎氏にお世話になる。
1875 明治
8年
  12才 東京牛込町、東京市議会議員中島行孝氏の許に書生として住み込む。
1876 明治
9年
  13才 剣術家を志す。中島氏の許しを得て武者修行にでる。
1878 明治
11年
  15才 埼玉県大里郡沼里村、大河原村長に招かれ剣術教師として道場を持つ、門弟100名と共に毎日猛烈な稽古を行う。
1879 明治
12年
  16才 東京湯島天神下に撃剣指南日比野正吉の看板をだす。
1881 明治
14年
  18才 東京浅草橋の借家(持主はライオン歯磨創始者小林富次郎氏)にて道場を持ち、看板を掲げる。この頃、門弟2名を伴い剣術修行の旅に出る。
1883 明治
16年
7月12日 20才 無刀流山岡鉄舟、春風館道場にて試合を行う。
1888 明治
21年
  25才 開成学校(現東京大学)の皇太子殿下(大正天皇)を招いての撃剣大会に出席する。この時、皇太子御附武官の杉山直弥氏に自宅に呼ばれ、国民元気の士気を高める話があり、文学博士、重野安釋氏を紹介される。その後、重野博士宅を訪ね、文武二道について助言を受け、今後の新しい世界に行くべく使命を感ずる。(詳細は雷風についての項目に細述。)
1890 明治
23年
  27才 日本古来の剣術、居合道を基本の型として、柔術、空手及び日本舞踊の舞の要素を取り入れ、芸術的色彩を加えた神刀流剣舞術を開眼し、世に発表する。
1891 明治
24年
  28才 湯島神刀館の名において日本で初めて撃剣を今後、若者の教育の中心とすべく「撃剣教育論」を著述し世に問う。
1892 明治
25年
  29才 この頃より東郷平八郎元帥との友好関係が続き、陸・海軍の大将、高官への人脈が広がっていく。
1894 明治
27年
11月 31才 駒込千駄木町に出張る所道場を開設。地方に13道場を有し、門弟3000有余名を数える。
1896 明治
29年
  33才 上野にて門弟による大運動会を開催する。神田柳原町に道場を移転する。この頃より号「雷風」を使用し、日比野雷風を名乗る。
1900 明治
33年
  37才 文京区小石川柳町24番地に東郷平八郎元帥、伊藤祐亨元帥、鳩山和夫氏、大隅伯爵、野津道貫大将、大倉喜八郎氏、小林富次郎氏をはじめ多くの人々の賛助・御後援により道場を新築し、道場名を神刀流神刀館と改める。
1902 明治
35年
  39才 上野公園内清水寺に神刀流の額を奉納する。
1904 明治
37年
10月15日 41才 靖国神社に額を奉納する。日露戦争に尊き生命を捧げし霊を慰め奉らんと「皇軍萬歳」と大書した幅3尺長さ2間1尺の額を奉納し、亡き国家の干城たる霊に感謝の意を表す。
1905 明治
38年
  42才 交友関係にある国民新聞社長徳富蘇峰氏を訪れていた時、日露戦争の外交結果に不満のある民衆の日比谷焼討事件の煽りを受け、国民新聞社も襲撃を受ける。この時、雷風は身を挺して徳富社長を守り、重傷を負う。その後、「雷風在る処、必ず蘇峰先生の文あり。」一生互の交友が続く。
1907 明治
40年
  44才 明治天皇の重臣、松方正義侯爵邸(氏は総理大臣を二度務める)にて東宮殿下の御台覧にて神刀流剣武術、居合術を演武する。
1908 明治
41年
  45才 韓国において、韓国太子御前にて神刀流剣武術、居合術をご覧に供する。「至誠如神」の書を賜る。
1909 明治
42年
  46才 安楽兼道警視総監より、多年武術教育に従事したことの証明書を受ける。
1910 明治
43年
  47才 群馬県、長野県、山梨県、福井県、石川県、富山県の各警察署より武術教育に従事したことの証明を受ける。
1911 明治
44年
  48才 鹿児島県、大阪府の警察署より武術教育に従事したことの証明を受ける。
1912 明治
45年
  49才 中央通信書の人名事典に記載される。
1913 大正
2年
  50才 曹洞宗総本部永平寺に仏像一体を贈る。
1915 大正
4年
  52才 この年6月12日 神刀流創立35周年を記念し、明治座にて神刀流武術大会を開催。
1916 大正
5年
  53才 東京、市村座で神刀流演武会を開催。
1917 大正
6年
  54才 東京、新富座で神刀流演武会を開催。
1922 大正
11年
  59才 鶴見総持寺貫主 新井石弾禅師より「雷風和尚」の称号を印可される。
1926 大正
15年
  63才 この年、6月25日埼玉県浦和市与野町二度栗山にて死去。
1936 昭和
11年
6月25日   日比野正明、宗家を襲名する。
1948 昭和
23年
1月   日比野正明死去。
2004 平成
16年
6月   全国神刀流一門統一のため各地の指導者が八王子市に集結。神刀流総本部設立。
2004 平成
16年
8月22日   北海道帯広市に於いて神刀流全国大会を開催。
2005 平成
17年
    秩父神社において神刀流奉納演武を実施する。
2005 平成
17年
6月   鶴見総持寺、神刀流一門による墓参。
2006 平成
18年
6月   鶴見総持寺、神刀流一門による墓参。八王子市高尾にて神刀流講習会を実施。
2007 平成
19年
9月   群馬県桐生市にて神刀流全国大会を開催する。
2008 平成
20年
5月   神刀流ブラジル一門が来日する。
2008 平成
20年
7月   神刀流総本部より日比野正晴宗家以下総勢7名にてブラジル訪問。当地に於いて演武大会を4ヶ所で開催する。また、ブラジル神刀流一門との稽古会を二日間実施する。